ドブ川見ながらカプチーノ

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犬が亡くなったはなし




先日、実家の犬が亡くなりました。

14歳だったそうで、人間で例えればおよそ98歳。だいぶ長生きをしたもんです。

朝起きるとあまり連絡をしてこない母からメールが来ていて、静かに天国に行った旨の本文が表示されていました。
悲しいというか寂しいというか、何とも言えない気持ちでいっぱいになりました。僕もすごく可愛がっていた犬です。というより、戦友みたいなものでした。


3年前の3月、僕と犬は家にいました。
僕はいつものように一階のリビングで勉強をしていて、犬は噛むと音の鳴るゴムボールで遊んでいました。

そうして地震が起きて、津波がやってきました。
車で逃げたかったのですが表には自転車しかなかったので、咄嗟に犬を抱いて二階に上がりました。

映画のワンシーンのように、二階にあがった途端、あっという間に一階は水没してしまいました。これ以上、水かさがあがったらどうしよう。屋根に上ろうか。屋根まで水があがったら・・・もっと水かさが増えたら・・・泳ぐしかない。犬を捨てて。

僕は犬に向かって言いました。
「今日でお別れかもしれない。そうなったらさよならだ」
本気で心から言いました。犬も、分かったような顔をしていました。少なくとも、これはただ事じゃないな、というような表情でした。そこまで伝われば十分でした。

幸い、水かさはそれ以上増えることなく、家も押し流されることなく済みました。ホッとしていたら、夜がやってきました。とても怖い夜でした。

街灯も何も無い夜です。水に浮かんでいる車のライトはとっくにバッテリーが切れていました。地上の光が全て消えたので、空を見上げればとても綺麗な星空が見えました。「人は死んでしまうと星になる」という言葉が皮肉に思えるほどの満天の夜空でした。

余震が、何度も何度も地鳴りをあげてやってきました。震度5レベルの、普段でも十分パニックになるような余震が一夜に何十回も。

僕はベットに横になって天井を見つめていました。
この余震でまた波が来るかもしれない。そしたらまた逃げなければ。ずっと起きていなければ。犬は僕の隣でおびえてブルブルと震えていました。僕もじゅうぶん怖かったですが、犬をなでながら「人間と犬といっても、こんな状況になれば一つの生命体として何も変わらないんだな」と思うとおかしくなりました。あの夜を一緒に過ごしてから、僕達は戦友になりました。


長生きをすると人は孤独になると言いますが、ちょっと分かったような気がしました。あの時はああだったね、あの時は大変だったね、と共有し合える存在がいなくなってしまうと、悲しいとも寂しいとも違う感情でいっぱいになります。

ちょうど、同じ力の波がぶつかりあって静かになる水面のようです。決して最初から静かだったわけじゃない。この瞬間だけの静けさです。


犬が亡くなる前日、母から電話がきました。電話越しでいいから、名前を呼んでやってくれというものでした。僕が犬の名前を呼ぶと、さっきまでずっと寝たきりだった犬が目を開けてしっぽを振り、僕の姿を探し始めたというのです。しばらくして、犬は分かったような顔をしてまた寝たきりに戻ったそうです。

本当かどうかは分かりません。母の優しさで、実は犬は僕が呼んでもずっと寝たきりだったのかもしれません。
ただ、犬がブルブル震えることなく、心穏やかにして静かに天国に行っただけで良かったな、と僕は思うことにしました。



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  1. 2014/08/06(水) 00:15:36|
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