ドブ川見ながらカプチーノ

主張したいことはないです。

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北の国から~2012~ 


やっと日記が更新できました。
引越し作業でここらへん、ずっとあっちへ回ったり、こっちへ回ったりしてましたよ。

ついにね、青森の地へ足を踏み入れたわけ。自分のお部屋ならぬ居城ができたわけ。
そりゃもう、暇な時なんてないですよ。役所へ行って住所変更の届けを出したり、住民票片手に
インターネット契約したり、ネットを使って街を探索してみたり、街のインテリアショップで
家具を揃えてみたり、もーいろいろ、人生いろいろ。



青森って雪あるよなー、寒いよなー、大丈夫なのかなぁ、なんて心配してましたけど、
実際に住んでみるとそんなの杞憂に終わりました。

まず美人さんが多い!これ重要!今度の中間にでるよ!美人の定義って色々あるけど、
肌が白いのはあると思うんだよね。やっぱね、北国の女性は肌が綺麗ですわ。普段使ってる水が
仙台と比べて質がいいもん。内部から綺麗になるんかしらね。

あとね、あんまり街の女性達は化粧してないんですよ。ナチュラルメイクというか、
薄化粧というか、とにかくすっぴんで可愛い子が多い。これはイイネ!ボタン押したくなる。 

天まで届けマスカラ シャキーン! もぎたて新鮮唇 プルルーン!厚さ3cmパフ ぬりぬりー! 
みたいな人がいない。どうしても都市部へ行くとなんじゃそのメイクは!
というモンスターいますけど、青森だとあまりいない。素で可愛いのは評価点高いですよ。

そして、これも外せないんですけど、ギャップね。これが一番かもしれない。
すんごい美人なお姉さんが隣のテーブルに座って「あぁ、こんな人としゃべりたいなぁ」
なんてぼんやり思ってると、めちゃくちゃな津軽弁が炸裂しますからね。

仙台だと、自分の訛りがあったら直そうとするんですよ。なるべく標準語でしゃべろう、
訛ってたら恥ずかしい、みたいな所があるわけ。

でも、青森だと訛り全開でぶっぱなす。その男気たるや。軽いカルチャーショックに陥って
頭がクラクラします。可愛い顔して解読不能な訛りをしゃべる。これはイチコロですよ。


そんなこんなで青森を第二の故郷とすることになりました。
多分、自分の子どもが生まれたら、青森の小学校・中学校に通わせることになるレベルです。
これから様々な点で青森のなんじゃこりゃー!が見つかると思います。
その時はTwitterとかこのブログでちょいちょい書いていきます。よろしくどうぞ。

そして4月2日からいよいよ社会人生活がスタート。
青森中の雪を全部溶かすぐらい熱い気持ちで臨みたいと思います。嘘です。
職場の人が全員キツイ津軽弁だったらどうしよう・・・不安すぎる・・・




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  1. 2012/03/31(土) 01:40:41|
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サイパンでナンパしよう



サイパーンに行ってきました。4日間です。もう僕も卒業ですからね。
大学生の卒業旅行は派手に海外旅行と相場は決まっております。グアム、ハワイ、サイパン。
だいたいそんなとこです。費用は10万くらい。高い高い出費です。

でも、やはりそれほど払うだけあって非現実の連続でした。日本では味わうことのできない
海外の日常を体験するのはいいですね。飛行機が嫌いだ!外人が嫌いだ!という人も、
デカパイパツキンお姉さんは好きだ!という人も、一度行ってみることをオススメします。


そいでですね、サイパンで感じたことを書かせていただきますと、
やっぱり黒人はナンパ好きだなーという事に尽きます。

もう、日本人の女の子を見ると現地の黒人が陽気に話しかけていくんですよ。
話しかけられた女の子達も悪い気はしないもんで、適当にあしらったりせず、きゃっきゃうふふと
お話にのっかるわけ。めっちゃ良い感じやん。素直にうらやましいやん。

僕がビーチで水着の女の子に「お姉さん、どこから来たの?」と聞いたところでですよ、
「あぁ、そういうの間に合ってますから」なんて言われてオシマイです。しまいにゃ通報されます。
でもね、ボブとかマイケルみたいな巨漢が話しかけると、ほぼ100%で女の子は食いつく。
困ったもんです。それにはいくつか理由があるんです。

1つ目は、緊張と緩和。ぶっちゃけ、黒人ってみんな筋肉隆々だし、身長も高いし、顔怖いし、
掴みかかられたら一発でぶちのめされそうな雰囲気を醸し出しているんですよ。
でもそんな人に限って「ハーイ、コンニチワ。日本からきたのー?」なんてくるんです。
怖いなぁ、怖いなぁ、と思っていた相手からそんなフレンドリーに話かけられたら、そりゃ一発で
コロっといきますよ。ズルいですよね。

2つ目は、黒人は基本的にスポーツがゲロんこ上手い。バスケ、卓球、水泳、ビリヤード、野球、
なんでも取り揃えております。「ボクもまぜてクダサーイ」と来た日には、一瞬にして人気者になる。
やっぱね、スポーツできる人はカッコいいんですよ。腹立つくらい惚れる。

そして最後、これはやっぱり外せない。日本人は外国人に弱い。テレビか雑誌で刷り込まれたのか
どうか知らないですけど、外国人=カッコイイ! みたいな構図あるでしょ。それのおかげで、
もう最初からポイントが高いんですよ。ズルイズルイ。

「日本女性は外国人に人気だ」みたいな事をよく聞きますが、納得します。
日本女性は外国人が好きだし、外国人もウケのいい女性をナンパしたがるから日本人を誘う。
もう、ガッチリマンデーぐらい両者の関係は揺るぎないものになっております。
果たして、日本男児が入り込む隙はあるのでしょうか。異国の地で途方に暮れてしまいました。


ちなみにサイパンでもう一つ発見したことは、ガイジン、めっちゃおっぱいデカいねん。
もうね、ベタか!ってくらいおっぱいはみ出してる。なんやねん、ベタパイって。

サイパンのビーチに行ったんですけど、やっぱりね、そのスタイルの良さったらないね。
ありゃナンパされたらホイホイついて行きますわ。申し訳ないけど。
人の事言えないね。すいません、外国人女性に誘われたら断れません。
そのあとでラッセンの絵とか壺とか買わされて破産しても、日本男児として本望ですわ。


  1. 2012/03/22(木) 01:44:34|
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震災と仕事



気づけばもうすぐ4月になりますね。新年度。2年生が3年生に。3年生は4年生に。
たまに昨年に引き続き3年生をする人もいるけど。そして4年生は社会人になるわけです。
働く。これですよ。僕が22年間味わったことがない生活が待ってる。

働いたら最後、「もう仕事に行きたくねぇ」と言い続ける生活になるらしいですが、
果たしてどうなんでしょう。僕もそんな感じになっちゃうんでしょうか。
こればっかりはやってみないといけませんね。

震災関連の日記、第三回目は「仕事」についてです。これでとりあえずは最後ですが、
どうしてもこれについて考えなきゃいけないな、と個人的に思っているんです。


最近の気になるニュースで、ワタミの事件がありました。
新入社員がワタミの仕事の辛さに耐え切れず、3ヶ月で自殺してしまったという事件です。

「ワタミの社長はなんてひどいんだ」「人をそこまで追い詰めるまで仕事をさせるなんて」
などという批判が飛び交いました。大変な騒ぎになったみたいですね。
そこで一つ思ったことは、仕事は命を賭してまでやるべき価値があるんかいな? 
ということです。

ワタミの事件をみてみると、そりゃぁ、たかがお金をもらうだけの仕事のために自分の大切な
命を危険にさらすなんてとんでもない!死にそうになったらすぐに仕事をやめるべきだ!
なんて意見になると思うんですよ。間違ってはいないですよね。

でもね、やっぱり震災を目の前で見てしまうと、そう言っていられないんです。

ある市職員の場合。「沿岸部に行って避難をよびかけてこい!」と上司に命じられたんですって。
大津波が来ることが分かっていたのに。安全な場所からわざわざ危険な場所まで移動して
仕事をしてこい!言われるわけ。誰かは絶対にやらなきゃいけない役目。
でも、どうなんだろう。

あるガソリンスタンド店員の場合。震災の次の日、「放射能の雨が降る」というお達しがあった。
原発から漏れた放射能を含んだ水蒸気が雨となり、高濃度で汚染されて降り注いでくる。
もちろん、全身で浴びたら被爆するかもしれない。誰もが生身で外に出ることを嫌がった。
だけどガソリンスタンドの店員は仕事のため、雨具を着て外で延々と作業をするんです。
当時、僕はガソリンの給油の際にその姿を車の中で見ているだけだったんだけど、
正直自分にはできないな、と思った。被爆することを知りながら、命が削られていることを
承知の上で仕事をするなんて、どんな思いで雨にうたれて作業をこなしていたんだろう。

その他にも、心が荒んでしまうことを分かっていながら毎日死体回収を行う警察官や自衛官。
売らなければ食料を確保できるのに、あえてやらずお客に定価で売る商店街の店主たち。
挙げればキリがないんです。みんながみんな、仕事のために命削ってる。
任せられた仕事にはそれだけの価値があるんだよ! ということを見せ付けられた気がします。


僕の今までの仕事観では「うんと働いて自分を犠牲にするんじゃなくて、適度にこなして
なるべく無理なく仕事と付き合っていく」というものだったのですが、今回の震災を通じて
それが大きく揺さぶられました。

ワタミのニュースでの教訓、そして大震災下での教訓。仕事とはどうあるべきなのか。
仕事にはどれほどの価値があるものなのか。ゆっくり考えていかなきゃいけませんね。

さて、4月から僕は青森に居を構えます。青森在住の方、よろしくお願いします。
あなたの隣の部屋に入居者がやってきたら、それはもしかしたら僕かもしれません。
菓子折り持って行くので、やさしくしてくださいね。




  1. 2012/03/13(火) 01:11:00|
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震災と復興



喉が腫れてぜーんぜん調子が戻らない毎日です。
風邪ひくと1週間はジメジメと続くので、うがいで気を紛らわせている僕です。

なのですが、最近「のどぬーるスプレー」という人類史上画期的な発明品を見つけました。
これ、すごい威力なんですよ。喉の痛い所にシュ!とやるだけで、あら不思議!
あんなに痛かくてうざいイガイガがなくなる!素晴らしい!日本に生まれてよかった!

震災についての日記、第二回目は「復興」についてです。
ほんとね、日本ってすごいな、という事を感じてもらいたいんですよ。
そのことを力説しすぎて面白いこともなんも言えないですけど、気にしないでください。


ニュースをつけてみると、「東北の復興が進まない」「復興が遅れている」
なんてのを目にすると思うんですけど、全然悲観する必要なんてないんですよ。

復興が進まないってことは、要は「復旧は済んだ」ということが前提ですよね。
復興は復旧させた後、もう一度街を発展させるという意味なので、
この時点でハイレベルなことを議論しているわけです。

去年の3.11からもうすぐ1年が経ちます。住む家を失った地元の人たちも、仮設とはいえ
新しく住む家が決まっています。未だに体育館を避難所として苦しい生活をしている人は
いないんです。当時海水で水没していた道路も綺麗に舗装されたし、内陸で助かった店も
以前と変わらず営業を再開しています。

今では震災の記憶こそあれども、以前とあまり変わらない暮らしができているんです。
この状態が震災から半年あまりで完成していたといったら、日本の底力が見えてきますね。

2004年に起きた、スマトラでの大震災。当時、僕はテレビ画面を通じて
「あー津波で人が流れてるー家も壊されててるーこわーい」なんて思いながら観てたもんです。
あれから8年経ちますけど、スマトラでの復興状況って知ってますか。

未だにテント生活の避難民が多いんです。8年ですよ、8年も経ってるのに仮設住宅にも入れず、
震災当時から何も状況が変わってないんです。要するに、スマトラに大津波が襲ってくると
家は壊れっぱなし、人は流されっぱなし、助かっても青空の下に放り出されっぱなしなわけです。

日本だったら絶対に考えられないですよね。4月の頃はまだガソリンや食料品が貴重でしたが、
震災から2ヶ月経った5月頃になると街は平常運転に戻っていました。驚異の復旧作業。
おそるべし、日本。大津波が襲ってきても、日本という「国」が守ってくれるんだな、
ということを身を持って分かった気がします。もし僕がスマトラに生まれていたら、
元の生活には戻ってないですからね。ずっと苦しい思いをしていたはずです。


「復興が全然進まず、不満だ!」という声がどうしても多いんですけど、
まぁ、一旦肩の力を抜きましょうよ。とりあえず復旧ができたんだから、ひとまず良しとしましょう。
日本は他の国と比べて格段に仕事が早いんだから、そんなに焦らなくてもいいじゃない。

別に期限があるわけでもないんだし、ゆっくりと計画練って復興していきましょ。
あんな大震災で瀕死を食らっても、1年で蘇生できるのは日本に生まれた特権です。
その並外れた底力に感謝です。日本に生まれてよかった!うんこ!



  1. 2012/03/11(日) 00:40:46|
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震災と音楽


ちょっくら風邪をひいてしまいましたので更新してませんでした。
この時期に喉をやられると面倒くさいったらありゃしません。
うがい手洗いは風邪をひいた後に がモットーの僕としては当然の報いです。だからいいんです。

2012年の3月11日まであともう少しですね。
なので、これから何回かに分けて震災について考えたことでも書いていこうと思います。
第一回目は震災と「音楽」についてです。

震災後、最初に聞いた音楽はなんだったでしょうか。
地震直後は電気が使えず、真っ暗闇の生活でした。テレビやラジオが復旧してもニュースばかり。
落ち着いて休む暇もなく、食料品やガソリンを求めて何時間も列に並んでしました。

そう考えてみると、音楽を聴いてリラックスをするという時間が全くなかったのは
初めての事だったと思います。有線もなく、FMもなく、テレビのBGMもなく、
ただただ無機質な情報か無音しかない環境はとても異様でした。

それだけに、久しぶりに音楽を聴いた時の感動はすさまじいものでした。
僕の場合は、野狐禅の「ぐるぐる」という曲を聴きました。カーステレオで。

時間帯は深夜。周りに電灯はなく、ぶっ壊れた遠くの港町の静けさに吸い込まれそうになります。
あぁ、真っ暗で何にも見えない光景だけど、きっと今でも救助を待ってる人はいるだろうし、
もうすでに亡くなった人も大勢いるんだろうなぁ。波の音が聞こえてくる。海が近いんだ。
どうしよう、全然生きた心地がしない。めちゃくちゃ怖い。何でもいいから気を紛らわせたい。
そう思って、手元にあったCDで音楽をかけたんです。そして、この「ぐるぐる」

当時のTwitterのツイート
「3.11以来、音楽を何も聴けなかったけど、今日は車でCDを聴くことができた。
一発目の曲は、野孤禅の『ぐるぐる』という曲。何回も何回も聴いたはずの曲なのに
歌詞とメロディがズドーンときました。時間がある人は聴いてみて下さい。 涙は感情の墓場だぜ」


音楽は記憶を冷凍保存しますよね。青春時代に聴き込んだ曲というのは、
いつ聴いても当時の記憶がフラッシュバックされる。
へたすりゃ音楽を聴いていた時にしていた事も蘇ってきます。
記憶と音楽は相性がよくてワンペアの存在です。

例えばこれから10年、20年後のテレビでACの「ポポポポーン」が懐かしのCMとして紹介される。
それを観た時、誰しもが「このCMを観ていた時、あんな状況だったなぁ」と思い出すはずです。

しかも、音楽は理由もなく感動しますよね。僕なんてのは理屈っぽいので、
これこれこういう理由だから感動して泣く、という一連の作業をしないと泣けません。
辛い日々を過ごした→やっとの思いで認められた→感動!!  要はこの流れですよね。

でも、音楽はそんな理屈なんかすっ飛ばしてドカーンと来るんですよ。
モロに涙腺を刺激しにやってくる防御力無視の貫通攻撃です。これは卑怯ですよ。
もうね、泣いちゃう。何で自分が泣いてるのか分からないけど泣いちゃう。音楽すごい。


震災体験を振り返る上で、やっぱり音楽は外せません。
単純に力になるし、疲れた身体へのリラックス効果がはんぱないです。
楽器を一つでもいいから自由に弾けたらいいのになぁ、と思う僕です。

あなたが震災直後に聞いた音楽はなんだったでしょうか。
もし憶えていたらその曲をずっと大切にしててください。お守りになりますよ。





  1. 2012/03/08(木) 22:00:07|
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